日曜日のなのはな

北極を探しにいく・日曜日更新+気まぐれ

苦手な人助け

土曜日、私は近所のコインランドリーに来ていた。

乾燥が終わった洗濯物をたたんでいると、自動ドアが開き、ひとりのおばあちゃんが杖をついて入ってきた。おばあちゃんはベンチに座り、何をするでもなくじっとしている。

あ、これは話しかけられるな、と思った。こういうときは何となくわかるものだ。

「お姉さん、ちょっとお願いがあるんだけど」

予想どおりだった。なんだなんだ。

「はい」

「私ケータイを忘れてきちゃったもんでさ、代わりにタクシーを呼んでくれない?」

んんんんーーー。こういうときはどうすればいいのだろう?正直悩んだ。

おばあちゃんはある程度お年をめしているようだった。私がタクシーを呼ぶのは全くかまわない。でもおばあちゃんは、十分なお金を持っているだろうか?もしかしたら認知症の可能性だってゼロじゃない。タクシーで遠いところに行ってしまったら、大変なことになるかもしれない。一瞬で色んなシナリオが頭の中を駆け巡った。

タクシーを呼ぶのは、洗濯物をたたんでからでよいと言う。

考えたところでどうしようもない。とりあえず話を聞けば判断できるはずと思い、私は服をたたみながら、おばあちゃんに行き先やら経緯やらを聞いた。

どうやらおばあちゃんは、用があってこのあたりまで歩いてきたらしい。疲れたので帰りはA町までタクシーに乗ろうと思ったところ、1時間経ってもつかまえられなかったと言う。

A町なら、ここからそう遠くない。もっとも、コインランドリー分のお金しか持ってきてない私は、何かあっても立替できないのだけど。

「それにしても、座る場所があってよかったわぁ」

おばあちゃんはため息をついた。こういう時、臨機応変なタイプではない私は気がそぞろで、上手く相槌を打てない。

でも話を聞くかぎり、おばあちゃんの話は本当そうだ。よし、タクシーを呼ぼうと決めた。

私は淡々と近くのタクシー会社を調べ、電話をかけた。おばあちゃんに名前を聞き、予約を完了した。あと5分で195番のタクシーが来るという。

おばあちゃんにそれを伝えたところ、ホッとしたような表情になった。

「ありがとう、ありがとう、こんなに親切にしてもらって」

いやー、まあ、そんな大したことはしてないんですけども。でもよかった。

するとおばあちゃんは懐から千円札を出してきて私に握らせた。いやいや、多いしタクシーのお金足りますか?!と断ったがおばあちゃんは大丈夫だと言う。あと二、三枚お札を持っていることがわかったので結局受け取ってしまった。

タクシーが来るまで一緒に待とうかと言ったが、もう大丈夫だと言われ、私はコインランドリーを出た。

30mほど歩いたとき、向こうからタクシーが来た。195番だ。やっぱり少し不安になり、私は195番を追いかけた。

私の先を走るタクシーは、コインランドリーの前に止まった。遠いけど、おばあちゃんが乗り込んでいるのが見え、私はようやく心から安堵した。そしておばあちゃんを少し疑ってしまったことに、申し訳ない気持ちになった。

こういう思いがけない出来事に対する咄嗟の対応が、私はつくづく苦手だと思い知った。

私は根がビビリだ。だから自分から動いて、人を助けることがなかなかできない。いつか歩いている人が急に倒れる場面に出くわしたら、私はちゃんと助けられるのだろうか。ビビリはどうしたら克服できるんだろう、と時々考える。

おばあちゃんが無事にA町に帰っていますように、と願いながら、私はおばあちゃんにもらった千円札で喫茶店のワッフルを食べた。

ワッフルは美味しかった。

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